花と骨灰

たのしい生活

夢日記(2017年11月)

一人暮らしの生活感いっぱいのアパートに、どんどんと黒いビニールのゴミ袋が運ばれてくる。わたしはその中身を確認して捨てさせている。自分から行っているのではなく、のっぴきならない事情でやらされているらしい。

わたしは恐怖に怯えながら確認する。中身は血と脂肪と肉の塊で、人間の遺体だからだ。解体された人がゴミ袋に入れられている。まだ温かい。血も赤くどろどろとしている。

ゴミ袋を運んでくるのはフェティッシュな格好をしたキツイ目の美しい女性だ。

わたしはこわごわしながら「どのくらいで終わりますか」と聞く。

すると、その人はにっこりと笑って血まみれの生首を見せながら言う。

「まだまだですよ」

夢日記(2019年4月)

寝転がりながらベースを抱くような姿勢で弾いている。

懐かしいような、実家なのか今の部屋なのか曖昧。

ぽろぽろと弾いていると、いきなり引き戸が開いて誰か入ってきそうになる。 

怯えながら引き戸が開くのを見ていると、誰なのか確認できずに目が覚める。

殺される!という感覚、直感的に知り合いでないことをわかっている。

すべて夜のせい

 最近また絵が描けなくなって、絶望する。それで気晴らしに部屋を改造しようとしたりするけど、何にもできなかった。なにそれ。

 岡本太郎草間彌生フランシス・ベーコンの三人の画家が好きになった。描かずにはいられなかったというか、苦痛を芸術に昇華している人は尊敬する。

 この三人は幼少期がめちゃくちゃになってるのも惹かれる理由だと思う。草間彌生は幻覚に、フランシス・ベーコンは父親に、岡本太郎は母親に主に影響を受けてる。あまり詳しくないので言い切るのも問題だけど。

 ベーコンなんかは暴力で壊されて、酒で壊れて、身近な人の死で壊れても生きて描き続けた。自分を壊した出来事を題材にし続けた。めちゃくちゃに笑って話して、面白がられたり、ボコボコに言われながらも大きく評価されていた。この人たちを見ていると、長く生きるのは悪いことではないのかもしれないと感じる。

 

 

メモ

カントリーはダサいと思ってたけど、なぎらけんいちの動画見て考えを改める。

毎秒今が消えるのが怖くて、毎秒その時の感覚を消費する連続性のない自分が気持ち悪くて、メモをしたりつぶやいたりし続ける。

他人を虐める楽しさを知ってるし悪口のほうが流暢な自分に嫌気がさす。母親もその父親のようになるまいと生きてきたから、自分が母親を否定しても正しくなれないと感じてそれも嫌な気分。身体的虐待を施さないと決意した母親が精神的虐待を施すのは悲しいし笑える。

もやもやしたときに誤魔化さないでゲロでも吐いてやれとちょっと思う、自分に対して。嫌いなやつには、消化液でもかけてやればいいのに。

ブログを見ると落ち着く、過去の自分を改ざんする癖があるので、素直なブログほど落ち着く。不快な記憶だけ残るのが改ざん。

ゲームをしてるとき、何してんだろとふと我に返る。本を読んでるときも、映画を見ているときも、ふとしたときに虚しくなる。

 

春よ来い

私の夢

放浪の旅をして 

薬やってラリって

死にたくないと泣きながら

早死に

 

小学生のときの夢

誰かに褒められたくて医者になって人を救うと言っていたが、本心は好き勝手に遺伝子の研究したかっただけ。

家族に褒められるが全く嬉しく感じなかった。

なので、その後すぐに心変わりして漫画家を夢見た。毎日描きまくっていたし、絵が呼吸だったから。まあ美大行くのも専門学校行くのもあっさり否定されてあっさり諦めて逃げたんだけどね。

夢日記・殺人

 

 

家族と、私の友達ひとりと一緒に車で出かけている。友達は黒人の女の子で、明るい日差しの中、他愛のない話をしている。

車はある建物の前で止まり、両親が中に入って部屋を見る。私と友人は車の中で待って飲み物を飲んだりしている。

しばらくすると母親が「ここは違う」といって車に戻り、別の場所に行く。

今度は、商業施設に見える大きな建物に到着し、車を降りてみんなで中を見に行く。

よくある地方のデパートのような広い空間で、客がたくさんいて賑やかだ。

母親が「ここにしよう」と言うと、私はアタッシュケースをもって警備室に向かう。どうにかして警備室を制圧し、広い場所へと戻る。

母親がハンドガンを取り出して次々と人を撃ち殺す。止めようとする警備員を、私と友人が大きく開いた吹き抜けのような場所で階下に落とす。ひとしきり殺すと、家族で逃げた。わたしは車の中で追っ手が来るのではと不安に思っていた。

面白い人生

少し前にこんな記事を見た。人間は人と一切かかわらず、物音も空気も感じずに過ごし続けると5日で気が狂う。

いくら一人がいい!と思いながらストレスを避けて過ごしても、最後には絶望して気が狂ってしまうなんて最悪だ。

やはりアパートの隣人の物音や、SNSでのコミュニケーションや道行く人達との関わりくらいは感じていないとだめらしい。

(多くの繊細な人間の望みは"なるべくひとりで過ごしたい"というものなのでこの実験を引き合いに出すのは無意味)

 

とはいえ、無人島で本当にのびのびとひとりで過ごし、段々と絶望していって五日目には誰かーーー!!!と叫びながら狂って自死するのも最高に楽しい終わり方なのかもしれない。